実習名:長期滞在型クリニカルクラークシップ(LIC;Longitudinal Integrated Clerkship)
実施時期:6年次4~7月
実施施設:地域医療人材養成拠点病院
本プロジェクトの集大成ともいえるのが、LIC――地域医療の現場に長期滞在しながら行うクリニカルクラークシップです。令和5年度は高知大学医学部の6年生4人が、三重県と和歌山県の連携拠点病院でプロジェクト初となるLICに参加。その感想を聞いてみました。
参加者座長:瀬尾 宏美 教授(高知大学 総合診療部)
同席者:矢野 有佳里 特任教授(高知大学 黒潮医療人養成プロジェクト)
学生:高知大学6年 中島 太朗(和歌山県 那智勝浦町立温泉病院でLIC)
笠井 成美(三重県 紀南病院組合立紀南病院でLIC)
上田 侑希将(三重県立志摩病院でLIC)
田村 諒太(和歌山県立医科大学附属病院紀北分院でLIC)
瀬尾では早速、感想を聞かせていただけますか?
中島僕は地域医療をもっと見たいと思って参加しましたが、行ってよかったです。那智勝浦町立温泉病院では、知らない土地で知らないことだらけでしたが、医療はもちろん多くの人と関わることができてすごく楽しかったです。
那智勝浦町立温泉病院での実習の様子(中島さん)
瀬尾先輩たちの実績がないところに行くのは不安だったと思いますが、行ってよかったという感想が聞けて嬉しく思います。
笠井私も参加できて楽しかったです。紀南病院は指導医の先生との距離がとても近く、実習中はとても細かく教えていただき、ご飯にも連れて行っていただきました。また4週間のうち1週間は、くまのなる在宅診療所で在宅医療を学ばせていただきましたが、そこで午後11時の呼出しなど大学病院では経験できないことがあり、すごく刺激になりました。
くまのなる在宅診療所と紀南病院組合立紀南病院での実習の様子(笠井さん)
瀬尾実際の医療は24時間ですが、学生の実習はそのごく一部です。時間外には予想外のことがたくさん起こるので、そういう現場を経験できたことは貴重でしたね。
上田僕は入院から退院まで患者さんを診ることや、どういう病気かわからない状態から診るといったことをやりたいと考え今回のLICに申し込みましたが、志摩病院では希望通りの実習ができたと思います。
実習中は、救急の患者さん以外はすべて僕のところにまず送られてきて、外来も初診はすべて自分が担当で持たせていただきました。患者さんのルート確保やエコーもすべてやらせていただいたので、これから研修医として働く上でのイメージを掴むことができたし、逆に自分の知識不足も実感することができました。
三重県立志摩病院の様子(上田さん)
矢野ほとんど研修医と同等のことをさせてもらったんですね。
瀬尾初療から患者さんを診てマネジメントを考える経験というのは、普通なかなかさせてもらえないと思うんだけど、それはある程度、自分で考えたことができた感触がありますか?
上田そうですね。ある程度、この治療だったらどう思う?と考える時間をもらうことができました。ある患者さんの退院を検討した時、僕は通院か、地域の病院にお任せすればいいんじゃないかと考えたのですが、麻薬を使わないと痛みが抑えられないのに地域で麻薬の処方対応が可能な施設がいっぱいで手が打てないということがありました。また、なんとか退院まで漕ぎつけたと思ったのに再び悪化して振り出しに戻ったケースもあり、思っていたよりうまくいかないことは結構ありました。
瀬尾うまくいかない経験ができたんですね。大学病院だと学生には表面的なところまでしか経験してもらいにくいので、全然違いますね。
田村僕はいろいろな人と出会えたことが一番よかったです。和歌山県立医科大学附属病院紀北分院の先生方は高知大の先生方と同じくらい優しくて、いろいろな指導をしてくれましたし、和医大生もみんなすごく仲良くしてくれました。
また、和歌山県は海に面していて山間部も多く、訪問診療も毎週行ってるという点が高知県と似ています。抱えている問題や医療に対する考え方も近いと感じました。それをこれからの自分に活かせていけたらと考えています。
瀬尾そういった気づきがあると全然違ってくると思いますね。
瀬尾皆さんは今回、この実習でなければ経験できなかったということがありましたか?
田村はい。僕は新患外来での経験です。僕が実習させていただいた紀北分院では総合内科というかたちで朝、カンファレンスをしていて、腎臓や肺が専門の先生も一緒にいろいろな並存疾患を診ながら全員の先生で考えていきます。大学病院ではこの疾患だとわかって来る患者さんが多く、カンファレンスも治療方針を決めていくだけになることが多いのですが、病気の判別から考えていくという点で大学病院との大きな違いを感じました。
和歌山県立医科大学附属病院紀北分院での実習の様子(田村さん)
瀬尾なるほど。総合診療医について、何か魅力は感じましたか?
田村一つは、外来でいろいろな疾患に対応できる点でしょうか。紀北分院は医師全員が総合診療的なことをしていて、これは自分の専門じゃないので他の病院に行ってくださいというようなことはありませんでした。そして、外来でどんな患者さんが来ても毎回80点ぐらいの回答が出せるところが、総合診療医の強みかなと感じました。
瀬尾診療体制として、総合診療医とそれぞれ得意分野を持っている医師たちが一緒にやるというのは、すごく強力ですよね。総合診療医だけでは難しい部分もきっとあると思いますしね。
瀬尾救急の受け入れを経験した人はいますか?何か印象に残る症例はありましたか?
上田はい。不定愁訴があって救急車を1日4回くらい呼んでしまうという方がいて、何回帰してもまた送られてくるということがありました。その方はどれだけ検査しても不安で息苦しくなってしまい、いろいろ掘り下げてみると、最近ご家族が亡くなったという事情がありました。
結局その方は社会的入院で調整になったのですが、地域の病院ではこういう方もちゃんと拾い上げて、行政などと調整して生活を整えていかなければならないんだということが印象に残りました。これだというわかりやすい病気がないケースです。
三重県立志摩病院の救急外来(上田さん)
瀬尾そうですね。では、逆にわかりやすい病気にあたった人はいますか?これ国試によく出るねとか(笑)。
中島僕は発作性心房細動の患者さんを体験しました。独居の方で、高血圧や糖尿病が背景にあったのですが、少し認知症が進んでいて自分ではインスリンの注射ができない状況でした。もともと心房細動はあって、ワーファリンも出されていたけれど服薬ができていなくて、発作性心房細動で運ばれて来ました。そちらは投薬で治ったのですが、後日、脳梗塞で戻って来て入院となりました。独居の方なので、近所の人が救急車に同乗してきてくれて、ご飯や薬の状況も見たりしてくれていました。
わかりやすい症例ではありましたが、患者さんの背景によってまったく対応が変わってくるのだなと感じました。
瀬尾なるほど。本当に国試に出そうですね(笑)
矢野中島さんは、高齢になると内服薬が増えてなかなか管理できないというところで、ポリファーマシーの問題について調べて発表もされてましたよね。
瀬尾そのような実情を見ることができたのは、すごく大事なことだと思いますね。
笠井私は在宅医療の実習の時、「社会福祉協議会に行っておいで」と言われ、朝からデイサービスの利用者の方たちと一緒に農作業をさせていただきました。農作業をしながら認知症のおばあちゃん、おじいちゃんとおしゃべりする中で、デイサービスがあって気晴らしになってるんだよと教えていただきました。
またケアマネジャーの方と一緒にいろいろなお家に入らせていただいて、他の職種の仕事内容を勉強させていただくこともでき、とてもよかったです。こんなことは普通の実習ではできないと思います。
瀬尾病院を出て地域を見たのですね。他にも例えばスタッフの仕事ぶりとか、病院の役割とか、印象に残っていることも多いと思います。病気は日本中どこに行っても学べますが、その周辺部分が大事なんだということを、今回経験できたのではないかと思いますね。
御浜町社会福祉協議会デイサービスでの実習の様子(笠井さん)
瀬尾三重、和歌山の学生と一緒に実習はできましたか?
田村できました。もともと和医大生が3人入っていて、途中で回ってきた学生も含めると全部で6~7人くらい一緒になって、結構仲良くなりました。
瀬尾プレゼンやカンファレンスでディスカッションはしましたか?
田村はい。救急の患者さんの判別をみんなで考え話し合ったりしましたが、CBTで1位の学生がいて、自分の知識不足を感じました。すごいなと思って、僕も刺激をもらいました。
瀬尾「ここは負けてないぞ!」という部分はありましたか?
田村プレゼンですね。プレゼンはバッチリできるようになりました。
瀬尾高知大生はどうしても学内だけで育っていくので、自分がよそで通用するのか不安があると思います。でも僕は決して他大学に負けていないと思っているので、みんな自信を持ってがんばってもらいたいですね。
和医大生と一緒に(写真上:田村さん、写真下:中島さん)
瀬尾では、今の5年生に向けてメッセージを一言ずつお願いします。
中島5年生に限らず、医学生は全員地域に出てほしいなと強く感じます。大学病院での実習はもちろん大事なのですが、そこで学生が手を動かす機会は少ないじゃないですか。それができるのが地域医療で、地域でちゃんと手と頭を動かして実習をしてきてほしいと思いますね。
瀬尾そうですね。大学病院での実習は受け身になる時間が長いのではないかなと思います。先生方も本当は学生にやらせてあげたい気持ちはあるんだけれどね。
笠井LICは1カ月県外で学べる貴重な機会なので、多くの学生に選択してほしいと思います。研修医になったら都会で働くから地域は見なくていいやというのではなく、診療所や地域の現状を知った上で研修医になってほしいと思います。
訪問診療でお世話になった指導医の先生と看護師さん(笠井さん)
上田僕は志摩町で間崎島という離島の診療体験もさせていただきました。そこは2週間に1回、船で渡って島民全員を診て、また2週間後に診察に行くのですが、そうすると島の人との関わりがとても大事になってくるんですね。医師との信頼関係が崩れてしまうと、もう病院に来なくなってしまうからです。
その経験から、やはり医療人というのは治療行為で患者から信頼されることはもちろん、人間的な魅力も大切なんだと実感しました。そういった学びができる貴重な機会なので、ぜひ参加してもらいたいですね。
瀬尾間崎島の人口はどれぐらいですか?
上田50人ぐらいです。
瀬尾じゃあ1日で全員診ようと思えば診れますね。逆に考えると、その診察日にみんなが診療所に来てくれることがすごいですよね。
上田そうですね。集会所に集まるような感じでした。
瀬尾選挙の投票率より高いかもしれない(笑)。
間崎島の診療体験(上田さん)
田村僕も本当に有意義なのでみんなに経験してほしいと思います。医療の面で言うと、高齢化が進む地域の中で医師がとても必要とされていることが印象的でした。
それ以外の側面としては、知らない環境に自分から飛び込んで行けるのでコミュニケーション力の向上につながると思います。自分の経験を一つ増やせるという意味でも価値があると思いますね。
矢野今回は県外でのLICを経験した学生さんからお話を聞かせてもらいましたが、高知県内にも素晴らしい地域医療人材養成拠点病院があります。幡多けんみん病院とあき総合病院で、今年度はのべ5名(1名重複)の高知大生が黒潮医療人養成プロジェクトのLICを経験しました。
来年度はぜひ三重と和歌山の学生さんにも、幡多と安芸でのLICを体験してもらいたいと思っています。
高知県立幡多けんみん病院
高知県立あき総合病院
瀬尾人間の活動の中で、医療が病院の中だけで完結しないということは、もう皆さん十分に理解できていると思います。そのために自分たちは何をやらなければならないのか、必要な経験は何か、今回あらためて確認することができました。今後はこのプロジェクトが起爆剤となって、いい医療人を育成していくきっかけになればと思っています。
今日は皆さん、ありがとうございました。