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アクティブラーニング 座談会
地域医療の学びと科学的視点
~日本プライマリ・ケア連合学会学術大会で研究発表~

令和6年6月に行われた第15回日本プライマリ・ケア連合学会学術大会2024において、三重大学アクティブラーニングコース地域総合診療コースの学生2名が研究発表を行いました。地域医療を学ぶ中で感じた疑問や興味をどのように研究として組み立てまとめていったのか、その苦労や成果についてお話をお聞きしました。

参加者

座  長:山本 憲彦 教授(三重大学 総合診療部)
指導教員:若林 英樹 教授(三重大学 名張地域医療学講座)
     後藤 道子 講師(名古屋市立大学 地域医療学寄附講座)
学  生:中瀬 誠(三重大学5年)
     宮﨑 玲奈(三重大学4年)


3年生から研究活動に取り組む

山本三重大学では、科学者としての姿勢と視点を兼ね備えた質の高い医師の養成を目的に、3年生より学生全員が研究室に所属して学ぶ「研究室研修」を導入しています。その中で、総合診療をテーマに研究をまとめた学生お二人が日本プライマリ・ケア連合学会学術大会で発表をされました。今日はそれについてお一人ずつお話を聞いていきたいと思います。
まずは中瀬さん、「プライマリ・ケアにおけるひきこもり患者の診療で行われている職種間連携」というテーマで研究発表をされましたが、このテーマはどのように決められたのですか?
中瀬はい。きっかけは、自分が3年生の時から所属している研究室の先輩方が、ひきこもりの方の診療をするにあたってのプライマリ・ケアの必要性やひきこもり地域支援センターとの連携について研究されていたことです。僕も何か先輩方の研究に追加するようなかたちで研究ができないかと考え、精神保健や福祉などの専門機関や他科の先生方とどういった連携が求められているのかに着目したいと、指導教員の若林先生に相談させていただきました。

日本プライマリ・ケア連合学会学術大会 2024の様子

山本自分からこういうことがやりたいと申し出たというのは素晴らしいですね。そもそもこのテーマに興味を持ったバックグラウンドは何かあったのですか?
中瀬僕は入学当初からメンタルの方向に興味があり、いくつか研究室を見学させていただきました。また、僕たちの学年は入学当初からコロナ禍で映像授業が長く続き、自分たち自身も疑似的なひきこもり状態だったなと感じていたこともあります。
山本確かに、社会全体がそうでしたものね。研究で苦労したことや困ったことは何かありましたか?
中瀬最初にひきこもりとプライマリ・ケアについてこれまでにどのような研究があるのか調べる時間を長くとったのですが、先行研究のあまりない分野だったので、そこが困りました。
山本新しい研究を行うときは、先行研究をきちんと調べて何が分かっていて何が分かっていないのか、まずしっかり認識することが大事ですからね。報告があまりないということは、それだけ新しいテーマともいえるかもしれません。
中瀬また、解析法なども全く知らない状態からスタートしたので、解析するために適切な質問であるかどうかを考えるのが大変でした。
若林プライマリ・ケアにおけるひきこもり患者の診療は、これまで私の研究室で取り組んできたテーマです。そこで職種間連携は必要だとわかったのですが、具体的にどんな連携がなされているのかをまずは調べてみようということになりました。私自身は現場の感覚でその意義をつかんでいましたが、臨床未経験の学生にはちょっと難しいかなとも思いました。しかし、中瀬さんは診療の見学や、文献の下調べを通じてしっかりつかんでくれました。

日本プライマリ・ケア連合学会学術大会 2024の様子

ひきこもり診療における連携について分析

中瀬今回、僕はプライマリ・ケア医を対象にアンケートとインタビューをさせていただいたのですが、アンケートは回答数が集まるのか、当初は不安でした。実際には様々な回答があり、既にひきこもり診療に力を入れているという方や、まだ足りないという方、そもそも全然できていなくてどこから始めたらいいかわからない方など、いろいろな層があることがわかって、それがよかった点かなと思います。
山本若林先生の指導の頻度はどれくらいだったのですか?
中瀬基本的にはあるフェーズまで自分でやってみて、わからなくなったら連絡するという感じでした。定期ミーティングは月1回ほどで、学会が近づいてきたら1週間に2~3回ほど僕から先生に連絡したり、先生が原稿やスライドの改善点を細かく教えてくださったりしました。
若林三重大学では、研究室研修の期間中も他の授業等が並行してかなり入っているので、とても忙しいカリキュラムとなっています。そんな中で、学生には自らペース配分して進めてもらい、私はそれをスーパーバイズする形を基本としています。目標とその時期は決めていますので、中瀬さんもそれに合わせて自主的に計画してくれたと思います。

研究のスライドの一部

山本インタビューは思った通りにできましたか?
中瀬はい。インタビューはアンケート協力者の中からランダムに3人を選ばせていただきました。3人の方すべてが、ひきこもり診療に力を入れているとは限らないと予想していましたが、実際は3人ともとても熱心に取り組んでおられる先生方が抽出され、それぞれ確立されている方法をお持ちでした。少し模範的過ぎたかも知れません。
山本既に確立されている方々だったので、逆に問題点などを抽出しにくかったということですか?
中瀬それもあります。3人の先生方はそれぞれ連携方法を確立されておられて、今以上に何かを変えたいというようなお話はお聞きすることができませんでした。 僕は研究の最終目標として、地域差のある中でどこでも一般化できるような連携方法を抽出したかったのですが、それぞれが独自の方法をとって問題を乗り越えていたので、今回明らかになった連携をそのまま他に流用していくことは、やはり難しいのではないかという結語に至りました。
若林そうですね。確かに今回は、3つの地域の取り組みの事例研究のような形になりましたね。他の地域の状況や、他の地域への転用性についてはさらに次の研究が必要かと思っています。

研究のスライドの一部

「伝えきる!」という思いで臨んだプレゼンテーション

山本学会での発表についてお聞きしたいと思います。オーディエンスの反応はどう感じましたか?
中瀬正直、6分という時間内で発表することが一番重圧で、反応を見ている余裕はなかったですね(笑)。
山本確かにそうかもしれません。会場には指導教員の先生やたくさんの大学の学生が集まってくれていましたよね。
後藤私も中瀬さんのプレゼンテーションを拝見しましたが、非常によくまとまっていて、伝えたいという思いが強く伝わってきました。それは研究を自分のものとしていたからこそだと思います。
中瀬ありがとうございます。僕はインタビューを取らせていただいた中で明らかに先生が強調していた点や、挙げていただいた課題については、少し大きめの声で伝えたり、頭に入るように意識的に言葉を選んだりと工夫しました。
山本それが伝わるプレゼンテーションになっていたんですね。

長期間地域滞在型臨床実習での学生の意識の変化を追う

山本では続いて、宮﨑さんにお聞きしていきましょう。
宮﨑さんは「三重大学の6年次に長期間地域滞在型臨床実習に参加した学生の地域医療に対する意識の変化に関する研究」というテーマで発表をされましたね。どうしてこの研究テーマを選んだのですか?
宮﨑はい。私はLRCC(Longitudinal Regional Community Curriculum:長期間地域滞在型臨床実習)※というプログラムがすごくいいということをいろいろな人から聞いて知っていましたが、実際どういうことをやっているのかというのはあまりよくわかっていませんでした。そこで、自分が今後LRCCに参加するなら事前に知っておきたいと考え、このテーマを選びました。

山本テーマに関して、指導された後藤先生とはどういうディスカッションがあったのでしょうか?
後藤そうですね。LRCCの中でも、よりどんなところを知りたいのかという点は、ご本人の研究へのモチベーションにも関わってくることなのでしっかりと話をしました。宮﨑さんは、LRCCを通じてどんなふうに参加者の意識が変わったのかという点を一番知りたいということでした。意欲を高く持って臨んでくれたので、とても指導しやすかったですね。

※6年生の前半4ヵ月、ひとつの地域の医療機関で臨床実習を行うプログラム(選択)。全国でも数少ない取り組みで、診察や処置、総合的な患者理解、治療計画等を、より実践的なレベルで身につけることができる。

研究の成果を今後の自分に活かす

山本研究を進めていく上で苦労したことなどはありましたか?
宮﨑私は3年生の終わりに研究室に入って4年生になってすぐの発表だったため、最初はとてもあたふたしてしまったのですが、研究を進める段取りの部分は後藤先生が考えてくださり、おかげでとても助かりました。
後藤短時間で研究を急がせてしまったので大変だったと思いますが、集中してよくがんばってくれたと思います。
山本実際に学会で発表されてみて、どうでしたか?
宮﨑発表中は周囲の雰囲気を見る余裕は私もありませんでしたが、質問をしてくださる人が何人かいたので興味は持ってもらえたのかなと思います。
山本この研究発表を今後、何かにつなげたいと思いますか?
宮﨑今回はLRCCを研究しましたが、今後は自分もLRCCに参加したいなと思いました。
山本深く知ることによって、より参加したい気持ちが高まったということですね。よかったです。

研究活動を通じて得たものは?

山本今回、研究から発表までの全体を通じて、自分自身で気づいたことやよかったことは何かありますか?
宮﨑私は地域枠で入学しましたが、地域医療について実はそれほどよくわかっていませんでした。今回インタビューをするにあたって事前学習で論文や本を読んだりしたので、その過程で知識が深まったことがすごくよかったなと思っています。地域医療に関する単語なども、曖昧だったものがだいぶん明確になりました。
山本知識を自分なりに落とし込めたということですね。中瀬さんは、何か得られたものはありましたか?
中瀬僕は、学会参加は今回が2回目でしたが、学生の間に参加しておくことで、学会の空気感や先生方がどのように交流しているのかなどがわかり、いい経験になりました。
また、僕はテーマ決定のアイデア段階において、いろいろな方向性を思いついて若林先生と相談しながら研究を組み立てていきましたが、その道筋の立て方や、結論をどう考えるかという一連のプロセスを経験できたことが、とてもよかったと感じています。
若林疑問に対する研究的なアプローチや、学会での発表や議論の面白さなど、そのあたりをつかみ取っていただけて、とても嬉しいです。
後藤3年生できちんと科学的な根拠に基づいて物事を見るということを経験した上で、4年生の終わりから臨床実習に臨むというのは、とてもよい流れなのではないかなと思いますね。
山本研究的視点は医師として仕事をしていくためには欠かせない視点です。それを早いうちに経験しておくというのはとても意義があると思います。

将来のイメージは見えてきたか?

山本それでは最後に、今後の自分の進路や学びについて何か考えていることがあれば教えてください。
中瀬僕はまだプライマリ・ケア医に絶対になろうと決めているわけではありません。臨床実習では総合診療として、近くのクリニックで2ヶ月お世話になりました。そこでは本当に幅広い疾患を診るということを、身をもって実感することができました。今は他科で実習していますが、プライマリ・ケアとの連携も経験しています。疾患の初期段階でクリニックに通院している患者さんが、ある程度の段階になって紹介されてきたり、逆にプライマリ・ケアに継続治療を依頼したりすることもあります。この先どの診療科を選んだとしても、「地域医療におけるハブになる」という、その一員に自分もなれたらいいなという思いを持っています。
山本ありがとうございます。宮﨑さんはいかがですか。
宮﨑私はまだ4年生なので、どの診療科に進むかは臨床実習を経験してから決めようと思っています。ただ、三重県で働くことは決まっているので、今回の研究で少しでも地域で働くことのイメージがつかめたらいいなとか、地域で働くときにLRCCのプログラムは役に立つのか知りたいとか、そういう思いで取り組んだので、今後さらにいろいろなことを知って、しっかりと自分の道を決めていきたいと思っています。

三重大生と高知大生が参加した高知県立あき総合病院でのLIC(長期滞在型クリニカルクラークシップ)の様子

医療を学ぶ若い人たちに伝えたいこと

後藤今回お二人は「研究」という、見学や体験とは全く違う経験をされたと思うんですね。研究をするときは、リサーチクエスチョンというものを立てます。どんなことを知りたいのか、どんなことを明らかにしていきたいのか、それをまず明確にする必要があります。それが科学的な手法によって明らかになっていくプロセスを経験されたことは、今後、臨床に出た時に大いに役に立つのではないかと思います。
また、思いをしっかりと言語化する、文章化する、そういった経験もとてもよかったのではないでしょうか。
若林どの分野でもですが現場ではわからないことって、いつになっても尽きないと思うんですね。例えば、新たな病原体が出てきたり、社会や生活のスタイルが変わったりで、また新しい問題と出会うわけですね。未来の臨床家となる学生の皆さんにはそういう場面でも、サイエンスの方法を使って取り組んでいってほしいなと思っています。
山本こうした学びを通じて、ジェネラリストの楽しさやプライマリ・ケアの楽しさ、地域を見る楽しさ、そしてその専門性というものを若い人に感じてほしいと思っています。地域医療ってすごく楽しいし、実はすごく専門性があるものなんですよ。そういったことを、地域で医療に従事してがんばっている人たちをたくさん見て、感じてほしいなと思います。
そしてもちろん、総合診療という道を目指す仲間が増えればいいなと思っています。皆さん、一緒にがんばりましょう。
今日はどうもありがとうございました。

様々な地域医療の現場を学ぶ